はどうした。」


兵士たちに与えられた束の間の休息、といえば聞こえはいいが、要するにここ数日の間戦線は膠着状態にあった。
とはいえ鬼兵隊というそれなりに大きな義勇軍を率いる立場にある高杉に神経が休まる暇は少なく、高杉を追い立てるものの一つである戦略構想についてに意見を求めた時のことである。

は高杉の側近というわけではなく、故に常に高杉の目の届く範囲に存在していなければならないということもない。しかしいつもなら二、三人の部下に尋ねればすぐに居所を掴める筈が、珍しく今日はそうもいかなかった。
はどこだ、さぁそういえば今日は朝から見てないですね。そんな不毛な会話がもう三度は繰り返されて、いい加減高杉は苛々しい表情を浮かべ始めた。








「おい、何してんだ。」


結局あの後もあれやこれやとせわしなく頭を働かせ続けるはめになり、を見つけたのは探し始めてから彼是三時間ほど経ってからのこととなった。
ここまでくれば最早急いで見つけ出す理由もなかったのだが、もういいと諦めたときにこそ探し物は見つかるもので。

銃火器類の扱いを専門とするある部下が、新しく入ったと噂の銃を試し撃ちしたいと申請してきたため、高杉はその噂の銃とやらを倉庫代わりに使っている蔵に取りに来た。
そんなもの自分で取りに行きゃいいだろうといつも思うのだが、如何せん鬼兵隊の中では倉庫に保管されている武器の出し入れは特定の位階以上の者でなければ出来ないこととなっている。
当然高杉はその特定の位階以上の者、それも最上位に位置する者であるのだが、あまりこの掟らしきものを快く思ってはいない。何故自分で使いもしない武器をわざわざ取りに行ってやらなければならないのか。要するに面倒なのだ。

元々この掟の取り決めに高杉は殆ど関わっていない。鬼兵隊は更に小さな幾つかの隊に分かれているのだが、この掟はそれぞれの隊の長が協議して高杉の元へと提案してきたものだ。
一々そんなことをする必要があるのか、大体そんな掟を作ってしまえば結局働かされるのは自分たちではないか――とは思えども、己より年上の者も含んだその提案者たちをまさか「めんどくせェから嫌だ」等という理由のみで一蹴するわけにもいかず、現状が成り立ってしまったわけである。


というわけで嫌な顔を隠しもせずに高杉は武器庫へと足を運んでいたのだが、一部の者にしか渡されていない鍵を使って中に入ってみれば、薄暗く埃っぽい倉庫の中に随分と見慣れた人物が座り込んでいた。

それは紛れも無く先程まで探していたである。
も高杉と同様この武器庫に入ることを許されている身分であるから、彼女がここにいることは不思議ではない。が、わざわざ鍵をかけて中に閉じこもっているとはどういうことなのか。

驚き反射的に声をかけるも、からの返答は一向に無い。


「・・・、聞こえてんのか?」

「聞こえてる・・・」



随分と覇気の無い弱々しい声に高杉は又も瞠目した。此処数日は戦線に出ていないのだから怪我をしたわけではあるまい。ならば風邪か何かだろうか。

倉庫内の明かりをつけの元に歩み寄って顔を覗き込めば、十分とはいえない明かりの元でも分かるほどにその顔色は蒼白だった。



「お前、顔真っ青じゃねーか、」

「・・・へーき、風邪とかじゃないから・・・すぐ治るよ。」


は下腹部を抱くようにして床に蹲っていて、吐く息もどことなく辛そうだ。そんな状態で平気だと言うに高杉は眉を顰めたが、状況だけはすぐに理解した。


「・・・辛いなら布団で寝てりゃいいだろうが。」

「他のみんなが心配とかするじゃない。」

「心配させときゃいいだろ。他人の心配が出来る程度には、隊内も安定してるってこった。」



高杉は持って生まれた性別故にの痛みは理解できないが、それが非難されるべきものではなくまたその痛みが隠れて耐えるようなものでもないということはわかっている。
さすがに堂々と月役ですなどと宣言されれば戸惑いもするが、何も人目を憚りながら痛みを耐える必要もないだろう。

とはいえ、にもなりの立場や言い分がある。
高杉や他の隊員たちがこれしきでを蔑視することもなければそうされる理由などどこにもないということは理解していたが、どうしても、他人の前でこの痛みに臥せってしまうのは嫌だった。


「色々さ・・・普段は考えないことでも、こういうときだけ考えちゃうこととかがね、あるのよ。」


例えば、もしも自分が男だったなら、とか。例えば、もしも今が戦闘期間真っ只中であったなら、とか。
たまたま膠着状態だったから良かったものの、もしも激戦が交わされていれば隊の上位にいるがこんな所で臥せっているわけにはいかない。しかし身体に鞭打って戦場に出たところで、今の状態でどれだけこの身体が役に立つだろうか。

平素はそこらの男には負けない程度に鍛えてはいるしその働きはそれ以上だ。しかし、もしも。もしも持って生まれた性別が男であったなら、もっともっとそれ以上の働きが出来たのではないか。

思い始めたが最後、ぐるぐると思考は嫌な方へと傾いていってしまう。


珍しいほどに随分と後ろ向きなに高杉は小さく息を吐き、隊服が汚れるのも気にせずその正面に座り込んだ。そのまま、ちらりと視線を上げたを気にもとめず正面から抱き込んだ。



「し、晋助?」

「俺ァ男だ、隊員の大半もな。だからおめェの痛みは理解できねェ。・・・けどな、女だってのはそんなに悪いモンか?
 おめェら女ん中から人間てェのは生まれてくんだろ。お前が隠そうとしてるその痛みはそのためのモンじゃねェのか。」


耳元で紡がれる溜息交じりの言葉とあやすようにぽんぽんと背中を叩く手と。それらは確かに男のものだが、それを嬉しいと感じることが出来るのは間違いなく自分が女だからだ。
の中に心と同時に身体までもが楽になっていくような感覚が、少しずつだがじんわりと染み入った。



「いつか来るかもしれねェもしもなんかどうでもいいだろ。今が膠着状態なんだから、その状況に甘えて身体休めてろ。
 俺ァおめェが思うほど女が悪いモンだとは思ってねェよ、この戦場においてもな。逆も然り・・・おめェが思うほど男なんてのはいいもんでもねェ。
 俺ですら、女には適わねェと思うときが多々あるぜ。・・・身体ん中から命生み出すなんざ、大したもんじゃねーか。」




まるで戦場とは思えないぐらいに甘い言葉だとは思った。
昔から高杉はそうだ、時と場所に関わらず、いつもこちらの限界点を見付けてそこに至る前に引き上げてくれる。きっと天賦の才なのだろう。
だからこそ彼の周りには人が集まり、こうして鬼兵隊も出来上がった。本人は気付いていないのかもしれないが、彼の飾らない言葉に数え切れないほどは救われた。


「うん・・・そうね、ありがとう。」


女の自分は嫌いではなかったが、戦場にいる限りこの痛みだけはどうしても拒絶したかった。

しかしこの日初めて、は命を授かるためのサインを正面から受け止めた。